著:紫藤ケイ
1
「寒いぃぃ……」
雪のちらつく、冬景色。
木造の家々が立ち並ぶ小さな街の中央広場で、備えつけのテーブルを囲む少女たちのうちのひとり――コロナは、泣きそうな顔で、自分の身体を抱いていた。
炎色の髪を持つ、凛々しい顔立ちの少女である。普段の風情は、それに見合った意気軒昂たるものなのだが――今日に限っては、そうもいかない様子だった。
「なんでこんなに寒いんだよぉ……。コロナさん、死んじゃうよぉ……」
「だいじょうぶよ」
丸いテーブルを囲む、隣の少女が苦笑する。蒼い髪を持つ、おっとりとした少女だ。
「今日は、ちょっと冷え込んでるだけだから。はい、ホットミルク」
「うう、ありがとう……」
少女が差し出す、はちみつ入りのホットミルクを受け取って、コロナは、はふはふと口をつけた。火の妖精の割に、猫舌なのである。
その様子を見ながら、蒼い髪の少女が、頬に手を当てて首をかしげる。
「コロナちゃん、寒いの、とことんダメなのねぇ……」
「雪が降るのは好きなんだよ。きれいだから」コロナは口を尖らせた。「でもさあ、こんなに寒くならなくったっていいじゃん? ていうか、なんでレインは平気なんだよ」
レイン――水の妖精の少女は、逆の方向に首をかしげた。
「なんでかしら……? 水と雪は相性がいいからかもね」
「なんかずるいぃ~……」
言いながら、レインの隣にいる少女に目を向ける。
「ハヤテはどうだ? 寒いの、平気なのか?」
「平気でござる」緑の髪の少女は、深々とうなずいた。「忍者だし」
「いや、忍者じゃないだろ。風の妖精だろ」
「似たようなものでござる」
「ぜんぜん違うよ!」
「にんにん」
「可愛く言ったら、ますます忍者じゃないだろ!」
叫びつつ、コロナは、最後のひとり――金髪の少女に視線をやった。
「アーシアは?」
アーシア――土の妖精は、じっとコロナを見返して、ぽつりと告げた。
「よく、わからない……かも」
「ニブすぎだぞ、アーシア……」
コロナは、はあ、と大きく、ため息を吐いた。
「なんだよぉ~、寒いのダメなの、あたしだけなのかよ~……この世界は、コロナさんに厳しすぎるぜ……」
「そういえば」
不意に、ぽん、と、レインが手を打った。
「《水晶の森》の奥に、妖精の力を高める《精晶石》っていうのがあるそうよ?」
「……? それが、どうしたんだ?」
「えーっと。コロナちゃんが、それを手に入れるとするでしょ?」
「うん」
「コロナちゃんの、火の妖精パワーが、アップするでしょ?」
「うん」
「あったかくなって、寒くなくなるでしょ?」
「うん。……うん? おお!」コロナは目を見開いた。「それだ!」
そして、そろそろぬるくなっていたホットミルクを一気に飲み干し、がたっ、と勢いよく、立ち上がる。
「それさえあれば、あたしもバッチリ冬を満喫できるぜ! よし、みんな! さっそく、《水晶の森》に探しに行くぞ!」
すると、三人の妖精たちは、
「「「え~……」」」
一様に、困った顔をした。
「奥って、あんまり行ったことないし……」
「忍者のトレーニングの時間だし……」
「めんどうだし……」
「ぐ、ぐぐぐ……」
コロナは、ぷるぷると震え――
「いいもん!」涙目で叫んだ。「あたしひとりで、採って来るもん!」
そして、すばやく宙を翔け、森の方へと向かってしまう。
残された妖精たちは、そろって顔を見合わせた。
「あらら……冗談のつもりだったんだけど」
「猪突猛進なコロナ殿を放っておくのは、ちょっと心配でござるな……」
「いっしょに探してあげるのが、友情の証……かも?」
そして、うなずき合うと、ひらりと身をひるがえし、去って行ったコロナを追いかけるのだった。
2
《水晶の森》は、彼女たちが住む街の、すぐ近くにある。
木々の枝先に、きらめく水晶の果実が実る、不思議な森である。
ただ、「って言っても、きれいなだけで、食べられないし……」ということで、近隣の妖精たちからの印象は、あまり良くない。
その森に、コロナたちは足を踏み入れていた。
「よぅし! 来てくれて、ありがとうだぜ!」
涙の跡をごまかすように、目元をごしごし拭いながら、コロナは意気揚々と声を上げた。
「んじゃ、さっそく、《精晶石》、捜索開始だ!」
そして、くるりと振り向き、森の奥へ進もうとする――
その襟首を、ひょいとレインがつかんだ。
「んげっ。な、なんだよ、レイン!」
「コロナちゃんったら、《精晶石》がどんな見た目か、知らないでしょお?」レインは、くすくすと笑った。「それで、どうやって探すつもり?」
う、と言葉に詰まるコロナに、ハヤテが助け舟を出す。
「《精晶石》は、虹色の輝きを放つとのこと。他の水晶と見比べれば、一目瞭然でござろう」
「あと、地面から生えてくるそうなの……」アーシアも、こくこくとうなずいた。「木の枝じゃなくて、草の近くを探すと、見つかる……かも?」
「なるほどな! バッチリ了解だぜ!」
にっ、と笑って、コロナは拳を突き上げた。
「んじゃ、改めて、捜索開始! レッツゴー!」
「「「おー」」」
妖精たちは、気の抜けた声を唱和させた。
†
と、いうわけで。
四人は、《水晶の森》の奥に入り、草をかき分け、地面を探っていた。
「ないな~……。そっちはどうだ?」
「こっちも、見当たらないわねえ……」
「ううむ。右に同じく」
「……だめっぽい」
がさがさ、ごそごそ。真剣な表情で、捜索を続ける一同。
背の高い草を、よいしょっと押しのけたところで――
コロナは、虹色の輝きを見つけた。
「……お? おお? おおおおおっ?」
ただ、それは、水晶ではなかった。
湖だ。
森のなかに広がる、直径三メートルほどの小さな湖――その水面が、絢爛と、七色の輝きを放っているのだ。
「これ……かな? いやでも、湖だよな……」
コロナが、湖のふちに立ち、腕を組んで、うなっていると。
「見つかったでござるか?」
忍者ならではの気配のなさで、背後に接近してきていたハヤテが、いきなり声をかけてきた。
「うわあっ!?」
コロナは思わず驚き、振り向きざまにバランスを崩して――
「「あ」」
湖に、落ちた。
ぼっちゃん、という、いい音がして、盛大に水しぶきが上がった。
「……わ、わわわわわ!? コロナ殿!? ああ、なんという悲劇!」
おたおたと慌てるハヤテ――そこに、レインとアーシアが近づいてきた。
「ハヤテちゃん、どうしたの?」
「コロナ殿が、湖に落ちたでござる! しかし、それがし、カナヅチにて候!」
「……忍者なのに?」
言いながら、アーシアは、じっとレインに視線をやった。
水の妖精である彼女は、水中でも何不自由なく活動することができる。溺れたコロナを助けるのに、彼女ほどの適任者はいないだろう。
だが、レインは、難しい表情で、水面を見つめている。動かない。
「……レイン?」
「これ、湖じゃないわ」ひどく真剣な顔で、彼女は言った。「水の属性が感じられないもの」
「えっ? じゃあ、なんでござるか?」
「わからない……。ひょっとしたら、異界に通じるゲートかも」
「コロナ、旅立っちゃうの?」
顔を曇らせるアーシアに、レインは、ゆるゆると首を振った。
「ここで話しててもしょうがないわ。長老さまに相談しましょう」
「そ、そうでござるな。怒られそうなのが、怖いけど……」
「ハヤテに責任を押しつければだいじょうぶ……かも?」
「南無三!?」
三人の妖精は、くるりときびすを返し、街へと戻っていくのだった。
3
「……どこだ、ここ?」
ぽつねんと、コロナはつぶやいた。
周囲には、いわゆるブロック塀が左右に続いている。その向こう側には、コロナの感覚から言えば、ひどく大きな家々が並んでいる。木造のものもあるが、なんだかよくわからないモノでできた家もある。
「あたし、どこに来ちゃったんだ……?」
きょろきょろと、周囲を見回す――
その視線が、一点で止まった。
二匹の猫が、縄張りを争っているのか、互いに向き合い、威嚇し合っているのだ。
「あ、こら!」
自分の境遇も忘れ、コロナは空を飛び――ひらり、猫たちの間に割り込んだ。
「やめないか!」
びっくりする猫たちに、コロナは、凛然と声を上げた。
「何があったか知らないが、なんでも暴力で解決するのはよくないぜ! どうしても、やるってんなら――あたしを倒してからにするんだな!」
猫たちは、一瞬、「どうする?」と顔を見合わせ。
それから、ぎらり、と眼を輝かせた。
「え」
コロナの表情が、ぎくりとこわばり――
次の瞬間、
「んぎゃーっ!!」
少女の絶叫が、その場に響き渡るのだった――。
本編へ続く!